Oisixのミールキットをやめてデリにした、本当の理由

私は、Oisixのミールキットをやめました。レンジひとつで完成するデリに変えてから、夜の過ごし方がまるごと変わったからです。
価格や手間の違いだけでなく、フルタイムで働きながら子育てをする中で、本当に欲しかったものが何だったのか。
ミールキットとデリ、両方を使ってきたからこそ見えてきたことを、整理してみました。

その「ご飯どうする」問題、もう終わらせたい

フルタイムで働いていると、仕事が終わった瞬間に頭の中で鳴り出すのが「今日のご飯、どうしよう」という声です。
買い物に行く時間も、メニューを考える余力も、もう残っていない。
それでも誰かが決めなければ夜は始まりません。

この「決める」という行為そのものが、実は一番しんどい部分だったりします。
何を作るか、何を買うか、栄養は足りているか——選択の数だけ、見えない疲労がたまっていく。

この記事では、ミールキットとデリ、それぞれが「ご飯どうする問題」にどう応えてくれるのかを、フルタイムワーママの視点で比べていきます。

ミールキットとデリ、何が違うのか

まず価格です。ちゃんとOisixでの食材調理に近いミールキットは1食1,800円ほど、デリは1,500円ほど。
デリの方が安いとはいえ、正直「高いな」という感覚は変わりません。
それでも私がデリを選んだのは、値段の話ではなく「考えなくていい」「勝手に届く」という安心感の方が大きかったからです。

価格・手間・自由度で比べてみると

手間の差は歴然です。
ちゃんとOisixは切る・下処理から始まるので、フルタイムで働いた後の体にはそれなりの負荷があります。
ミールキットはカット済みなので幾分楽になりますが、それでも火を使う工程は残ります。デリはレンジのみ。
この「工程がゼロになる」という一点が、私にとっては一番大きな違いでした。

ただ、ミールキットにも地味に不便な点がありました。
Oisixのミールキットには「完全キット」と「◯◯を加えるだけ」シリーズがあり、後者だと自分で追加する材料がデフォルトで決まっています。
その◯◯がOisixで売っていなかったり、1つだけ欲しいのに3個入りだったりすると、買い物のハードルが地味に上がるんです。
基本的にミールキット中心で生活していると、たとえばキャベツ1/4が余っても、それを使い切る献立を考える余力がなくて、
結局持て余してしまう。「お任せできる」はずなのに、こういうところで小さな自由のなさを感じていました。

デリにも、まだ起きていないけれど気になっている不自由さがあります。
今はまだ離乳食が進んでいない段階ですが、今後とりわけが始まったらどうなるんだろう、と。
デリは味がすでに完成しているので、調味料や油の量を後から調整することができません。
子ども用に薄味にしたり油を控えたりというのが、仕組み上できないんです。

Oisixに子ども用メニューがあるのは、まさにこの「取り分けできない」という壁があるからなのだと、今になって腑に落ちました。
とりわけの時期が来たら、あれだけ「考えなくていい」ことに救われていたデリを、いつかやめなければいけないのかもしれない。
そう思うと、まだ起きていないことなのに、少し先取りで悲しい気持ちになります。

こんな人はミールキット、こんな人はデリが向いている

ここまでの話を踏まえると、向き不向きはかなりはっきり分かれます。
ミールキットが向いているのは、火を使う工程に抵抗がなく、多少の段取りも含めて「自分で仕上げた」という感覚を大事にしたい人です。
献立の自由度もデリより高いので、味の濃さや辛さを自分で調整したい人、家族の好みに合わせて手を加えたい人にも合っています。
ただし「◯◯を加えるだけ」シリーズの細かい不便さや、食材を余らせがちな自分の性格と相性が悪い人は、思ったほど楽にならない可能性があります。

デリが向いているのは、フルタイム勤務で帰宅後にもう何も考えたくない人、献立を決める作業そのものが一番の負担になっている人です。
レンジだけで完成するので、平日夜の「決断疲れ」をほぼゼロにできます。
一方で、味付けを後から調整できないという制約があるので、すでに離乳食が進んでいて取り分けを始めている人や、これから取り分けに入る予定がある人は、味の調整ができない点が今後ネックになる可能性があります。

つまり、「今の自分に料理する余力がどれだけ残っているか」と「味付けを自分で調整する必要がどれだけあるか」、この2つの軸で考えると、自分に合う方が見えてきます。

フルタイムワーママが本当に手に入れたかったもの

デリに変えて一番よかったと思うのは、寝かしつけの時間が変わったことです。

以前は、寝かしつけをしながらも頭の片隅で「そろそろ寝てくれないと晩ご飯が遅くなる」「もうすぐ夫が帰ってくる時間だ」と、常に何かを計算していました。
子どもと向き合っているはずの時間が、次の家事のための逆算タイムになっていたんです。

デリになってからは、ご飯が10分ほどでできるようになったので、その計算がなくなりました。
寝かしつけに、思う存分付き合えるようになったんです。
日中は仕事で離れている分、子どもと触れ合える時間はもともと限られています。
その貴重な時間を、時計を気にせずゆっくり過ごせるようになったこと。
これは、私にとっても、きっと子どもにとっても、大事な時間だったんだと思います。

フルタイムワーママが本当に手に入れたかったものは、「時短」そのものではなかったのかもしれません。
時短によって生まれた、計算しなくていい時間——それこそが、一番欲しかったものだったんだと思います。

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